2013年12月22日

ネルソン・マンデラ 神よ!アフリカに祝福を

2013年12月5日、ネルソン・マンデラ逝く。人を憎しみの連鎖から解き放ち、すべての人間の尊厳を求め続けた魂の巨人であった。

10年前、私は南アフリカで2年余りの歳月を過ごした。ヨハネスブルクから遥か3000キロ。目を閉じれば、彼の故郷ウムタタの草原を渡る風の音が聴こえる。乾いた草の匂い、射るような陽の光、手を伸ばせば届きそうな青すぎる空が、大地をすっぽり包んでいる。地球最古の大陸、アフリカの大地はどこまでもゆるやかに広がり、限りない包容力に充ちていた――。


アフリカにいて自然や風土が人を作っていくのだとつくづく思う。マンデラが子供時代を過ごしたウムタタ郊外のクヌの広大な草原の谷を見下ろす丘に座ると、遥かな惑星にいるような錯覚に陥る。自分自身が宇宙の懐に抱かれ、地球船に乗って漂っているような。淡い緑色の丘が地平線の向こうまで続く雄大なパノラマ。不屈の精神で差別と闘ったマンデラの心の原風景だと実感した。

27年半、幽閉された闘士にとって、あの獄中の鉄格子の窓から見える小さな空が、このクヌの空に続く限り、彼の心は草原を駆け抜けた少年のように自由で希望に充ちていたのだろう。

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「自由への長い道」マンデラの故郷に向かう旅



子ども時代のマンデラはこの地で多くのことを学んだ。「ここでマンデラさんはロバから落ち、友だちに笑いものにされました。その時、彼はこの屈辱的な思いを決して他人には味わわせてはいけないと思ったのです。闘いで一番大切なことは、ただ勝つことではなく、敗者が誇りを持って負ける方法を勝者が考える事だと、この経験から彼は学んだのです」案内の女性がそんな逸話を話してくれた。 

このあと、未舗装路を車で1時間走り、ムベソという彼の生誕地まで足を伸ばした。深い谷を見下ろす斜面に、円形に石を積んだだけの生家の跡がわずかに残っていた。権力と富を求めなかったマンデラの生き様が顕れていた。

彼は95年の人生で「あらゆる人間の心の奥底には、慈悲と寛容がある」ことを示した。自叙伝「自由への長い道」で、「自由になるということは、自分の鎖をはずすだけではなく、他人の自由を尊重し、支える生き方をすることだ」と述べている。
For to be free is not merely to cast off one’s chains, but to live in a way that respects and enhances the freedom of others.

人間の憎しみの連鎖を解くことを訴えたマンデラは、また、自己の魂の高みを目指す生き方を教えた。

我々は自分に問いかける。自分ごときが賢く、優雅で美しく、才能にあふれた素晴らしい人物であろうはずがないではないか?
だが、そうあってはなぜいけない?

We ask ourselves, who am I to be brilliant, gorgeous, handsome, talented and fabulous?
Actually, who are you not to be?

南アの友人たちは、マンデラを失った悲しみよりも、彼への祝福を口にした。「マディバ(マンデラの敬称)は愛と誇りを教えてくれた。心から有難うと言いたい」「彼の人生は愛に満ちていた。たとえロベン島に囚われていた時でさえも」「マンデラという全世界の人々の英雄がこの世にいたことを、ともに祝おう!」

この日、日本では国民の知る権利を侵害し、主権を形骸化する特定秘密保護法案が参議院で可決された。

まずなによりも、自分に正直でありなさい。自分自身を変えなければ、社会に影響を与えることなど決してできません。偉大な平和の調停者はいずれも、誠実さと正直さ、そして謙遜さを兼ねた人たちです。

The first thing is to be honest with yourself. You can never have an impact on society if you have not changed yourself… Great peacemakers are all people of integrity, of honesty, but humility.

南アには人々が人種を問わず、うれしい時、悲しい時、共に歌う新生南アの国歌「Nkosi Sikele‘le Afrika」がある。人間の尊厳を高らかに謳った。邦題は「神よ、アフリカに祝福を」。

この歌には国家への従属ではなく、いのちの尊厳を守り抜く決意と、自らの魂への深い問いかけがある。

今、ささやかな自分にできることを「覚悟」を持って、続けていきたいと思う。

「愛」と「赦し」と「寛容」の人、マディバに神の祝福あれ。

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ネルソン・マンデラ元大統領と盟友アルバティーナ・シスル夫人

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2013年11月23日

関西学院大学で朗読映像講演を行いました


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第5別館大教室


母校関西学院大学で文化講演会を行いました。大型台風が北上するなか、開催が心配されていましたが、当日はお天気にも恵まれ、予想をはるかに超える多くの方々がお越し下さいました。心から感謝申し上げます。

拙著『流転の子 最後の皇女・愛新覚羅嫮生』の取材秘話を交えながら、本編朗読と数々の秘蔵歴史写真、音楽で綴る一時間半の「朗読映像講演」を大河ドラマの趣でお届けするものです。

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歴史写真の数々を公開しました



講演後も聴講頂いた方々から、お心のこもった多くのお手紙やメールを頂きました。戦争の修羅、引き裂かれてもなお求め合う家族、隣人との愛―。日中にうねる歴史の波に翻弄されながらも、不安と閉塞感漂う時代に、「再生への祈り」のメッセージを放つ物語への共感でした。

この物語が持つ普遍性と、今、語られなければならない必然性を強く再認識させられました。一つひとつのお手紙に心引き締まる思いです。有難うございました。

今、東アジアは大きな時代のうねりの中にあります。日本は重大な歴史の転換点に立っています。

この時代だからこそ、国を超え、体制の違いを超えて、真心だけが人をつなぐと信じた人々の愛の物語を、これからもできる限り多くの方々に伝えてしていこうと思います。国家が起こした戦争が、どれほどの惨禍をもたらすのか。そこで生きた人々の営々とした普遍の絆の物語を書いていきたいと思います。


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福永嫮生様から会場に花束が届けられました


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2013年10月13日

「明るいメノポ相談室」の回答者として、
読者の皆様の悩みにお答えします

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いつまでも健康で、美しくありたいと考える40代・50代の女性のためのアンチエイジングライフスタイルマガジンを謳う『日経ヘルスプルミエ秋号』(日経BP社刊・9月20日発売)、「明るいメノポ相談室」(P113)の回答者として、読者の皆様の悩みにお答えしています。

秋号のご相談は
夫は私が人と会うのを嫌がります。子育ても一段落。友人と食事や旅行をしたいのですが、外出すると機嫌が悪く、「だれと会った?」としつこいのです。別にやましいことはありませんが、最近、束縛の強さにうんざり。どうしたらいいでしょう?
という53歳の女性の方からです。

毎日「束縛されている」と感じながら暮らすことは、大きなストレスですね。さぞ、お辛いでしょう。でも、意外と、ご主人は若いころから全然変わっていないかもしれません。むしろあなた自身が変わったことで、同じ夫の行動を「束縛」と感じるようになったのではないでしょうか? 

こんな問いかけから、お答えしています。

定年前後の夫を持つこの世代の奥様なら、きっとどなたもお持ちのような悩みです。でも、定年後、ずっとこのような生活が続くなら、本当にストレスですね。体調も崩しかねません。では、どうすれば……。


「明るいメノポ相談室」のP114を宜しければご覧ください!
同ページへの相談や感想などの投稿は同誌の以下の「投稿ページ」にお願いします。
https://bpcgi.nikkeibp.co.jp/form-cgi/formhtml.cgi?form=nh0709/index.html
ご意見、ご感想、ご相談をお待ちしています。
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2013年09月15日

関西学院大学での文化講演会のお知らせ

母校関西学院大学で文化講演会をさせて頂きます。

●『流転の子 最後の皇女・愛新覚羅嫮生』
ー相依って命を為す 愛と再生の物語を今に問うー
・日時 2013年10月26日(土曜日)14時00分―15時30分
・場所 関西学院大学上ヶ原キャンパス
・会費 学生 職員無料 一般500円
・申込み方法 下記をクリック→西宮文学案内秋講座→申込フォーム(問い合わせフォーム)より、申し込み。どなたでも参加頂けます。詳しくはポスターと下記HPで
http://www.nishi-bunka.or.jp/

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・締切 10月2日 
・定員 申し込み多数の場合は抽選
・主催 西宮市文化振興財団 共催 関西学院大学 博物館開設準備室(26日のみ)
内容
拙著『流転の子 最後の皇女・愛新覚羅嫮生』の取材秘話を交えながら、本編朗読と数々の秘蔵歴史写真で綴る異色の講演です。

ラストエンペラーの姪、愛新覚羅嫮生(西宮在住)は、日本の敗戦後、わずか5歳で、動乱の大陸を母と共に筆舌に尽くしがたい流転の旅を続けた。父は皇弟溥傑。母は日本の嵯峨侯爵家令嬢、嵯峨浩。

嫮生はわずか十三年で滅んだ幻の国「満州国」の皇帝一族として生まれた宿命を背負い生きた。国共内戦下の大陸を家族離散、中国民衆の罵倒に耐え、密告、裏切り、病魔、一族の死に遭遇しながら、母と共に凄惨を極めた逃避行の末、本国への奇跡の生還を果たす。戦後は日中の懸け橋として自らのなすべき責任を果たしつつ、市井の人間として多くの人が当たり前のように手に入れる「平穏な生活」を守るため、ひたむきに生きた―。

日中にうねる歴史の波に翻弄されながらも、不安と閉塞感漂う「弧の時代」に、「絆」と「再生への祈り」のメッセージを放つ「魂の皇女」の物語。

体制の違いを超え、真心だけが人をつなぐと信じた人々の壮絶・壮大な愛の物語を大河ドラマの趣でお届けします。お楽しみください。

『流転の子』の主人公である愛新覚羅一族の歴史資料の恒久保存と展示、共同研究の拠点が来年オープンする「関西学院大学博物館」(旧時計台・図書館を全面改装)に誕生します。
その先駆けとしての講演です。 
どなたでも参加頂けます。当日、会場でお待ちしております。
posted by noriko-motooka at 12:25| コラム

2013年04月03日

「明るいメノポ相談室」の回答者として、
読者の皆様の悩みにお答えします

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いつまでも健康で、美しくありたいと考える40代・50代の女性のためのアンチエイジングライフスタイルマガジンを謳う『日経ヘルスプルミエ春号』(日経BP社刊・3月21日発売)から、「明るいメノポ相談室」(P114)の回答者として、読者の皆様の悩みにお答えしています。

春号のご相談は
「夫が定年になって、一日中家にいます。これまでは、自分一人だったので適当にしていた昼ごはんも、時間どおりにきちんとしたものを出さないと嫌な顔をします。日用品の買い物にまでついて来たり、つきまとわれてうっとうしくて、息が詰まります……」(Y・Yさん 59歳)という、定年前後の夫を持つこの世代の奥様なら、きっとどなたもお持ちのような悩みです。

本当にこれは深刻です。夫が会社の束縛から自由になって家に戻ってきたら、今度は妻の自由を一日拘束するのでは、堪ったものではありません。
この時期、夫より10年早く地域や生きがいに目を向け、「人生最後のチャンス」と感じる妻は、外の世界に向かって急激にエネルギーを出し始めます。生活面、そして精神的でも自立できない夫は妻へにじり寄りを始めます。定年で経済力を失う夫と妻との力関係は逆転します。

「妻と二人でいる時が一番幸せ」と感じる夫に対し、妻は「一人の時が一番幸せ」と感じています。それまでに絆を作りえなかった定年後の夫婦の溝は深刻です。

長寿社会を迎え、夫婦だけで向き合う時代が四半世紀を越えた現代において、夫婦は「生活と心」を分かち合う関係でなければ続きません。「夫定年後の危機」を夫婦再生の好機と受け止め、パートナーとしての新たな関係をもう一度作りあげていくには、どうすればいいのでしょうか。

「明るいメノポ相談室」のP114を宜しければご覧ください!
同ページへの相談や感想などの投稿は同誌の以下の「投稿ページ」にお願いします。
ご意見、ご感想、ご相談をお待ちしています。
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2013年02月10日

『流転の子 最後の皇女・愛新覚羅嫮生』と
母校・関西学院大学

余寒お見舞い申し上げます。
激動の日中間を生きた女性とその一族の愛と絆、人間の再生を描いた歴史大河ノンフィクション『流転の子 最後の皇女・愛新覚羅嫮生』(中央公論新社)刊行から一年半が過ぎました。多くの皆様が手に取って下さり、メディアにも数々取り上げて頂きましたことを心から感謝申し上げます。長く読み継がれる作品に育てていきたいと切に願います。

拙著出版からまもなく、私の母校である関西学院大学から嬉しい知らせが届きました。14年に開館予定の関西学院大学博物館(登録有形文化財であり、建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計で有名な時計台・旧図書館を2年の歳月を掛けて改装中)で、拙著の主人公である福永嫮生氏所蔵の愛新覚羅溥傑一族の歴史資料の研究・保存・展示が決まったのです。今年は私も同博物館の共同研究員・開設準備室アドバイザーとして微力ながら努めさせて頂くことになりました。

嫮生氏のご両親にあたる溥傑・浩夫妻の波瀾の人生は、これまで幾度となく映画・ドラマ・ドキュメンタリーなどで取り上げられていますが、福永嫮生氏所蔵の「愛新覚羅溥傑家歴史資料」は、個人の所有であったために、これまでほとんどが公開されることがありませんでした。しかし、日中近現代史を研究する上で貴重な資料群です。

拙著取材時に、嫮生氏所蔵の多くの資料に触れ、私はこの歴史資料群の散逸を懸念し、「何とか公に保存したい」と願ってきました。何よりも嫮生氏自身が恒久保存への強い熱意をお持ちでした。拙著にも描いた170通にも上る父溥傑から娘嫮生への手紙、16年の別離の間に溥傑・浩夫婦が交わした愛の書簡の数々は、日中の歴史のうねりの中で何度も引き裂かれながら、強い絆で結ばれた一族の生きた歴史資料でもあります。

意外にも愛新覚羅家そのものに光をあてた学術的研究は少ないのです。それは戦後における日中双方の近現代史研究において、「満洲国」が否定されるべき存在として扱われてきたことと無関係ではないと思われます。しかし20世紀の東アジア史は、近年ようやくイデオロギー的制約から解き放たれ、本格的な歴史学的研究の対象となりつつあります。このような時に、「愛新覚羅溥傑家資料」の持つ歴史学的重要性を認め、学術的な保存・研究・展示が決まったことは、『流転の子』を書いたものとしてこの上ない喜びです。

来年、開館予定の博物館は、甲山を背にキャンパス中央にそびえる美しい建物です。赤い瓦に乳白色のスタッコ塗壁の対比が鮮やかなスパニッシュ・ミッション・スタイルの建造物で、関西学院大学の象徴でもあります。開館の折には、ぜひ、お立ち寄りください。

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関西学院大学旧図書館(博物館として来年オープン)



今、私は前作に続く歴史ノンフィクションと現代ルポルタージュなどの取材を進めております。今年も、どうぞ宜しくお付き合い下さいませ。
posted by noriko-motooka at 19:21| コラム

2012年09月30日

講演会のお知らせ

講演会のお知らせを二つさせて頂きます。

●更年期と加齢のヘルスケア学会初の市民公開講座が開かれます。

市民公開講座
日時 2012年11月4日(日曜日)15時10分―16時30分
場所 北里大学薬学部 1号館 4階
主催 第11回更年期と加齢のヘルスケア学会学術集会
会費 無料

短い講演の時間ですが、時代を超え、体制の違いを超え、真心だけが人をつなぐと信じた人々の愛と再生の物語を通して、今、人生100年時代を生きる男女に必要なものは何か。政治、国家がどのような変遷を遂げようと、人と人、家族、夫婦、親子、隣人同士、互いの幸福を願う気持ちがあれば、生きていける。「相依為命」相依って命を為す。『流転の子』の父愛新覚羅溥傑がいつも娘嫮生に書き送ったこの普遍的な絆へのメッセージを秘蔵歴史写真も交えてお伝えできればと思います。

また、更年期医療に詳しい岡野浩哉先生からは更年期からの健康づくりについて、とてもためになるお話があります。

無料で、どなたでも参加頂けます。どうぞ、皆様お誘いあわせの上、お越しくださいませ。お待ちしております。
詳しくはポスターをご覧ください。
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●関西学院同窓会加古川支部が設立30周年を迎え、記念講演をさせて頂きます。

30周年記念講演
日時 2012年11月17日(土曜日)16時30分―20時30分
場所 加古川プラザホテル
主催 関西学院同窓会加古川支部
 
今回は普段の講演は、母校関学の記念事業ということで、自分のことを語るのは気恥ずかしいのですが、「私と関学 ニュースキャスターからノンフィクション作家へ」と題して、お話しさせて頂きます。関西学院ハンドベルクワイアの演奏など、盛りだくさんです。

同窓のみならず、在学生、ご家族、ご友人、お誘いあわせの上お越しくださいませ。お持ちしております。
詳しくは会報をご覧ください。
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2012年08月15日

『流転の子 最後の皇女・愛新覚羅嫮生』
秘話― 嫮生さんとの縁

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嫮生さんと私 西宮のご自宅で(撮影/山田哲也)



 『流転の子』愛新覚羅嫮生さんとは不思議な縁(えにし)で結ばれていました。それは遥か二十数年前の出来事から始まります。出合いは一本の映画です。

 一九八八年一月、清朝最後の皇帝の数奇な生涯を壮大なスケールで描いた映画『ラストエンペラー』(イタリア・中華人民共和国・イギリス合作)が日本で封切られました。監督はベルナルド・ベルトルッチ。主演ジョン・ローン。八七年度のアカデミー賞で、作品賞、監督賞始め九部門の受賞を達成し、世界に「ラストエンペラー」ブームを巻き起こしました。

 そのころ神戸のTV局でアナウンサーをしていた私は、公開に先立ち行われた一般試写会での司会を担当しました。事前に頂いた映画のパンフレットを何気なくめくっているうちに、ラストエンペラーとの思い出を綴った「素顔の皇帝溥儀」と題した短い文章に目が止まりました。文末には「ふくながこせい 溥儀の実在の姪 神戸在住」の文字。皇帝の姪にあたる愛新覚羅嫮生が、福永嫮生となって、私の暮らす阪神間に居住している!その驚きは鮮烈で、皇帝一族の物語は遥か遠い歴史絵巻から一気に現実の物語となり、真実味を帯びて私の心を強く掴んだのです。

 その後、私は作家として独立し、結婚もしました。当時、西宮に住む嫮生さんとは、全くの偶然なのですが、大きな道路を挟んで直線距離にして百メートルほどの近さで二人の娘を育てながら暮らしていました。けれども、私は決して福永邸には近づきませんでした。当時の私はこの一族の壮大なドラマを書き上げるには若過ぎました。「彼女の物語を書き上げることができる」と、自分の中に強い覚悟ができるまでは、決して彼女に会わないと誓っていたのです。(続く)

 今日は八月十五日。敗戦から六七年。歴史の中で一括りにされ、時代が赴くまま死に向かわされた人々。その魂に寄り添う仕事、語り尽くせぬドラマを背負って生きたひとり一人の声なき声をささやかながら伝えていきたいと願います。
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2012年07月05日

著者インタビュー
日中国交回復への道―周恩来と愛新覚羅溥傑一族

著者インタビュー『流転の子 最後の皇女・愛新覚羅嫮生』(中央公論新社)

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周恩来総理の主催した午餐会で。前列右から父愛新覚羅溥傑、母嵯峨浩、嫮生(左後方)、周恩来、祖母嵯峨尚子、大叔父愛新覚羅載濤、作家の老舎、一公民となったラストエンペラー愛新覚羅溥儀、通訳を務めた王效賢(写真提供福永嫮生氏)



月刊『潮』8月号(7月5日発売・潮出版社)に、『清朝最後の「皇女」がみた日中友好への道筋―100年先のビジョンをもった稀代の政治家周恩来がみた、女性の真の品格とは―』というタイトルで、4ページにわたり著者インタビューが掲載されました。

 今回は、これまでのような敗戦、満州国崩壊から、大陸での母浩と娘嫮生さん(次女)の凄惨を極めた一年五か月の流浪を描く「第二章 流転の子」がメインとなるものではなく、その後、日本に帰り着いた母娘が一六年後に周恩来の尽力で父溥傑と再会を果たし、日中の架け橋となる部分、「第三章 再会」中心のインタビューです。

 「第三章 再会」は伊豆・天城山で一九歳の慧生(長女)を失った悲しみの中、高度な政治判断で果たされた父と母娘の再会や、日中国交回復へと進むなか、両国の相克に揺れる溥傑一家の愛と再生の姿を詳細に描きました。
 また、拙著では日中外交の内実を知る人物に迫り、国交なき時代に周恩来総理のブレーンとして活躍した王效賢女史(現中日友好協会副会長)、経済外交で日中を結んだ周斉女史(元駐日中国大使館一等書記官)が「証言するのは今回で最後」として取材に応じて下さいました。

 一九六一年、周恩来は、再会を果たした溥傑一家のために愛新覚羅一族らも交えた午餐会を盛大に開きます。周恩来は永住を決めて帰国した浩と違い、娘の嫮生さんが日本への帰国を望んでおり、溥傑一家の意見の対立が深刻であることを知り、細やかな配慮を見せます。周恩来はおもむろに溥傑と浩に向かって言った。

以下、掲載誌月刊『潮』8月号より抜粋

―「嫮生さんが帰りたいなら、帰らせてあげればよろしい。無理強いして中国に留めるのはよくありません。若い人はよく変わります。もし後になって中国に来たいと思ったら、いつでもパスポートを申請すればよろしい。(中略)嵯峨家は娘を愛新覚羅家に嫁がせました。愛新覚羅家の娘が日本人と結婚するのも悪くありませんよ」(『流転の子』より)
 当時は国交がないため、自由往来の証として嫮生さんに周恩来が渡した「国務院総理周恩来」と書かれた名刺は、今も嫮生さんのもとにある。そして、この言葉に押され、嫮生さんは日本で生きる道を選ぶ。本岡さんは語る。
「政治家として一〇〇年先の視点をもっていたのが周恩来です。日本人を断罪すれば世論や共産党内ではもっと評価されたかもしれない。しかし、“日中両国には二〇〇〇年の歴史があり、関係がおかしくなったのはわずか五〇年あまり、それは過去のことで終わったことである。日本軍国主義は敵として戦ったけれど、日本の人民もまた犠牲者であり、人民を不幸にすることを私たちは絶対に望まない”というのが周恩来の考えです。目先の国益を主張すると本当の意味での国益を損ねることがわかっていた。(中略)ひとりの若い娘に対する細やかな心情に人間としての品格、同時に政治家としての周恩来を見ることができます」―

 戦後も歴史の渦に翻弄されながら、市井の人間として生きる姿を貫いた女性の半生をこの誌面で少しでも知って頂けたら幸いです。
posted by noriko-motooka at 18:18| コラム

2012年01月01日

新春のお喜び申し上げます

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構想二十有余年、取材執筆四年の歳月を要した『流転の子 最後の皇女・愛新覚羅嫮生』(中央公論新社)が、昨夏、刊行されました。多くの皆様が手に取って下さり、メディア書評にも数々取り上げて頂きましたことを心から感謝申し上げます。

 拙著は激動の日中間を生きた女性とその一族の愛と絆、人間の再生を描いた歴史大河ノンフィクション。戦争で犠牲になった声なき人々への鎮魂と平和への祈りを込めて書き上げた長編です。長く読み継がれる作品に育てたいと切に願います。これからも皆様にお導き頂ければ幸いです。

 あなた様にとって新しい年がよい年になりますようお祈り申し上げます。今年も宜しくお付き合い下さいませ。

2012年1月
ノンフィクション作家 本岡 典子
posted by noriko-motooka at 00:00| コラム